「新しい視点(鏡の視点)」を持つと、エゴが消失する・エゴから解放される、となります。
そうなると「繰り返してきた望まないパターン」とか「自分にとって望まない思い込み」から解放されます。もっというと「想像も及ばなかった嬉しい現実を受け取る」みたいな体験もあるでしょう(通称ミラクル)。(素晴らしい人生へとつながる)アイデアが浮かぶこともあるでしょう。
それでも、淡々と、「新しい視点」というものを保っていると、意図せずとも、「本来の自分自身(ありのままの自分)」というものに、寛げるようになってきます。
ありのままの自分で存在しているとき、そのには、なんの抵抗感もありません。
”今”というものを、”ただの目的の踏み台”として考える思考は完全に消え去っています。
ここで、もし、かたちとして「パートナーがいない」状態であったとしても、内側は平和そのものです。
ネガティブな感情が湧いてきたとしても、もう、この感情に主導権を握られることはありません。
こんなとき、私たちは、
- ただ受け入れている(抵抗、葛藤、判断などがない)
- 楽しい
- 心地よく感じる
- 夢中である
こういった状態であると表現できるかもしれません。
そして、このような瞬間が、だんだんと増えていくたびに、結果として、現実は動くでしょう、嬉しい出来事が起きるでしょう、結果として、です。
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そうこうしていて、感じるのは、「何も問題がないどころか、すべて、素晴らしい」です。
ぶっちゃけちゃうと、「望むもの」「願うこと」がなくなるというか、これ自体の感覚が今までとは大きく変わってきます。
内側に寛ぎ、外側を愛でています。
”「望むもの」「願うこと」がなくなるというか”と、書きましたが、この状態であると、すべて叶っている状態でありであります。なんの心配もなく、わざわざなにかしなければ、と自分に鞭打つこともなくなります。もちろん、なにかのアイデアが浮かんで、やってみようと思ったり、「あ〜、今週末は、前から食べたかった焼き肉を食べに行きたいな」とかは思うこともあるでしょう。しかし、ここに、焦りも、不安も、心配も、恐怖感もありません。
かたちとして「パートナーがいない」状態であったとしても、外側に求めてきたものは、内側にあると、深く確信している状態(こんなことすらわざわざ考えない状態)であるでしょう。
すると、そう遠くないうちに、ちゃんと「かたちとしても完成する」のです。
ここで、エゴが「いつ叶うの?」「叶わないのは、私に問題があるから?」「こうなってこうならないと、納得がいかない」と、騒いだとしても、そこに引きずり込まれることもなくなります。
エゴからしてみれば「ちょっと不可能そうな願望」であったとしても、この状態でいると「自然の流れのなかで、叶っていく」のです。(この願望が、本来の自分とつながったものであれば)
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この願望が、本来の自分とつながったものであれば、と書きましたが、
「最高のパートナーと結婚して、最高の愛を味わう」
という願望は、「本来の自分とつながったもの」です。
※ここで、「最高のパートナー=〇〇くんがいい!」とか、「こんな人じゃないといや!」という思考(エゴ)が働く場合、まだ”囚われている状態”ですが、「私の内側から最高だと感じられるパートナー」なので、本当は、一番素晴らしいことなのです。
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「一部の人しかこの状態になれない」ということは、絶対にありません。
全員の本質が、そうである、のです。
それを忘れているのです。
そして、この記事を、最後まで読んでくださった人は、もう、思い出すときに、きているのだと思います。