真実はどこにある?

このやり方で本当に願いが叶うのか?

このやり方は本当に正しいのか?

このやり方を信じて受け取ったとして、時間の無駄になるだけではないか?

これは本当に真実なのか?

真実は、どこにあるのか?

・・・そんなことを、私は、よく、考えていました。

ぐるぐる、ぐるぐる、考えながら、何もせず、しかし、知識だけはたくさん増えていていました。

*****

そんな、自分への問いを、今、私が私に対して、答えたいと思います。

*****

ここで、そのとき、私のなかには、

幸せになりたい。

自由に、のびのびと、心地よく、開放的に、思い通りの現実を楽しみたい。

心穏やかでいたい。

不足感はもういらない、満たされている現実を味わいたい。

という思いがありましたので、

「私も似た感じかも!」

という方のみ、以下を、読んでください。

*****

幸せになりたい。

自由に、のびのびと、心地よく、開放的に、思い通りの現実を楽しみたい。

心穏やかでいたい。

不足感はもういらない、満たされている現実を味わいたい。

こんな人生を、私は望んでいたわけですが、

これを実現している私が感じているものは、

単純に言ってしまえば、「快・心地よさ」でしょう。

*****

そして、今、知っていることとしては、

「自分自身が内側から感じられる、快・不快の感覚のうち、快の感覚を選択していけばいい」

ということです。

「快・不快」という自分自身の感覚は、人間・動物が備え持っている「生き残るためのアンテナ」とも言えるかもしれません。

動物たちのほうが、シンプルに「快・不快」のアンテナに従っているかもしれません。

この、内側から感じられる、自分自身の感覚でしかない、「快・不快」の感覚を、

ただ、純粋に、受け取って、自分自身の快を選択していけば、いい、というふうに、私は思います。

真実は、自分の内側から感じられる「快」にある、という、話です。

*****

快を選択していれば、未来も過去も「快」になるでしょう。

未来や過去というのは、「今」の思考である、ということもできますが、そうすると、「今、自分の快を選択している」状態であれば、

過去も未来も、「快」につながるものとなります。

今快であり、その先に快があり、あのときのあの出来事は快につながるものであった、となる、と、いうふうに、感じられます。

*****

この「快」という感覚は、自分自身の感覚です。

自分の内側から、感じられる、感覚です。

ハートで感じるものとも言えますし、直感的にわかるものと言えますし、体で感じるものとも言える、かもしれません。

ここで、「他人軸」を持ってきてしまうと、

途端に、自分自身の感覚が揺るがされるような気がしてきたり、

「あの賢者がああいうのだから、自分の感覚は間違っているのかもしれない」という気がしてきたり、するかもしれません。

でも、ここで、自分も相手も誰も何も裁かずに、

ただ、自分自身の内側に感じられる感覚に注目して、”快”のほうを、選んでいけば、いいのです。

*****

私は、私の快を、選択しています。それを、誰かに押し付けても仕方ないし、相手も同じように思うつもりだと思っても仕方ないし、相手には相手の選択があります。

でも、私は、相手によって、自分の人生を左右されるものではないことも知っていて、

自分の感覚にこそ、真実があるのだと、思っています。

だから、一番重要なのは自分自身の感覚だし、そして、同じくらい重要なのは、自分を映し見る鏡である相手、と感じています。

*****

ちなみに、

「快」と「快楽」というものを、私は分けて、考えています。

(以下、私のイメージですが)

「快」というのは、

心地いいもの、穏やか、平穏、平和、安心

・・・に近いです。

ここで、「快楽」を定義するとするなら、

それがなかったら困るもの、

もっともっとほしくなるし、同時に、全然足りてない気もするもの、

埋めても埋めても埋まらないもの、

やめたいのにやめられないもの(やめなければならない気がしてくるもの)

「依存症」の部類と言えるもの、

・・・という言い方ができるかもしれません。

「快楽」は、「無自覚的に、自分がはまりこんでいる、苦痛」とか「幻想の恐怖や罪悪感」から、目をそむけるために、作り出しているもの、とも、言えるかもしれません。

*****

あれ、話がずれてきたような気がしますが、

とにかく、

あなたは、あなたの快を、

ただ、ひっそりと、選択してみてください。

その正当性を証明する必要や、

自分の選択の承認を相手に得る必要など、

ありませんし、

ただ、

あなたは、あなたの快を、

ひっそりと、選択してみてください。

あなたが、あなたのために「快」の選択を続ける決意をした瞬間、

「快」で埋め尽くされている未来は、すでに、決まっています。

*****

(追記)

「真実はどこにある?」

の、答えは、

「真実は、自分の内側から感じられる快である」

でしたが、

もう一つ答え方があるとするなら、

「真実は、シンプルで美しい」

でしょう。

(12/5 更新) 12月の予約(現在セッション中の方の見込み枠含めます)が満席となりました。 いや〜、予約が取れないセラピスト...

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

error: Content is protected !!