見たくない自分を見ることの威力


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(2020年11月更新)
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「見たくない自分を見る」というのは、すごく、難しいと思います。

難しいというよりも、「無意識的に避けちゃう」というほうが、しっくりくるかもしれません。

「見たくない自分を見る」というのは、自己観察とも言えるでしょうし、内省とも言えるでしょう。そして、「最上級の自愛」でしょう。

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相手や外側の状況を「鏡でみる(自分として受け取る)」ということをすると、「見たくない自分」が簡単にできちゃうので、私としてはすごくオススメです。

※「見る、知る」だけで、いいんです。ここに、反省、自責、修正、裁きなどは、一切!不要!です。

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不快な気持ちになったときに「見たくない自分も見る」と、思ってみてください。

不快な気持ちは、怒り、イライラ、惨めさ、恨み、後悔、開き直り、絶望、拒絶、恐怖、さみしさなど、なんでもOKです。「嫌だ〜!」という気持ちが出てきたり、顔をしかめたくなるようなときに、この話を、思い出してみてください。

思ってみる、思い出してみる、だけで、◎、です。

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見たくない自分を受け取る、ということは、どういうことかというと、

「見たくない現実が消失していく」ということです。「飛んで火に入る夏の虫〜!」ということを自動的に無意識的にしなくなる、ということも言えます。自分のために「不快を避け、快を選ぶ」ということが自動的にできるようになる、というのは、なかなか自覚できるものではありませんが、あるときふと「夢のまたその夢と思っていた望みが、望んだ以上のカタチで現実化している!」ということに、気づいたりするものです。

見たくない自分を受け取る、ということは、どういうことかというと、

”見たい自分”や”見たかった現実”を受け取れる、ということでもあるんです。もうちょっと正確に書くと、”見たい自分”や”見たかった現実”を遥かに超えた幸せを創造していくようになる、という感じでしょうか。

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見たくない自分ということについて、ひとつ、例を上げてみましょう。

たとえば、友達と集まって話しているときに、自分が発言したら、「みんながしらけて、嫌な気分になった」という出来事があったとしましょう。

  • あのとき、あんな発言をしたのは、こう言ってほしかったから、こう思ってほしかったからかも?
  • あのとき、あんな発言をしたのは、みんなから羨ましがられたいと思ったからかも?
  • なんで、羨ましがられたいと思ったかというと、自分はダメで、無力で、みすぼらしくて、惨めな存在で、誰も私のことを見てくれないから
  • 自分は虫けらのような存在である

↑こんなことだったり、するんです。

優越感も劣等感も、両方、見えてきますが、これは、本来の自分ではなくて、「エゴに囚われた私」というだけです。

こういうことを、書き出してみると、

私は心の奥で「自分はダメで、無力で、みすぼらしくて、惨めな存在で、誰も私のことを見てくれない」ということや、「自分は虫けら」ということを、決めていたということが、見えてくるんです。「自分は虫けら!」というフィルターを選んで、生きていたかも?ということが、見えてきます。

ここで、気づいたら、終わりです。

私が、決めていたから、そう感じたくなる現実が、今まで、あらゆる場面で起きていたんだな、しっくり!

こんなふうに、気づくだけで、自動的に「虫けらモード」は終わっていくのです。

今までは、無意識的に、虫けらだと思いこんでいた(決めていた)ので、「飛んで火に入る夏の虫」という場面が展開されていただけです。

無意識的に、虫けらだと思いこんでいた(決めていた)ので、「私は最愛の人から愛される」ということなんてありえないと思っていましたし、「私は最愛の人から愛されるどころか、浮気されて当然」あるいは「最愛の素敵な男性は、虫けらの私を好きになるはずがない=本命とは両思いになれない」というのが拭えなかったのです。

無意識的に、虫けらだと思いこんでいた(決めていた)ので、「愛する人から愛されて、二人で仲良く過ごす」ことは、「絶対無理!!」だったのです。だって、「私が虫けら」であれば、人間様の彼に、いつか自分が虫けらであることがバレて、バカにされて、踏みにじられて、捨てられるかもしれません。

そんなことを、私は、深い深い胸の奥に、閉じ込めていたから、「恋愛がうまくいかない」となっていたのです。「虫けら」な私が、もうこれ以上傷つかないように、という、メリットが、しっかりあったということですね。

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「見たくない自分を見る」

これは、すごく、難しいです。

そして、多くの人が、避けます。

※避ける、というのは「難しい、わからない、できない」と思ったり、「もう全部見てますけど」と思ったり、「見たくない自分とかない」と思ったり。あるいは、話をそらしたり、別のこと・別の方法を探ろうとしたりする、って感じでしょうか。

あるいは、「はいはい、どうせ、虫けらですけど」と、開き直る方もいらっしゃるかもです笑

しかし、「見たくない自分を見る」というのは、究極の自愛です。

「見たくない自分を見よう、見てみたい」と思っているだけで、現実は気持ちよく、心地よく、なるものです。

「見たくない自分を見る」

これは、驚くほど、威力があります。

第一に鏡の実践、そして、それをやりやすくするための思考の書き出し、

ということを、お伝えしてきておりますが、

第一に「自分を見る」、そして、それをやりやすくするための鏡の実践である、

とも言えるでしょう。

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セッションでは、「見たくない自分を見ることへの抵抗」のために、催眠や暗示を練り込んでます。ここでいう催眠や暗示は、不要な洗脳や暗示を解くためのものです。

「はい、今から催眠かけますねー!あなたは猫になりましたー!ニャ〜!」という類ものではないので、クライアント様は気づいてない方のほうが多いと思います。一見、ふつうに喋ってるように感じられると思います。「入れる」のではなく「解く」ので。

セッションで、「混乱した」「わかるようでわからない」的なことをおっしゃる場合は、効いてる証拠です笑

セッション後に、「よく眠れた」「一時的に眠れなくなった」「世界が変わったように見えた」「思考がヒマになった」的な感想を持つ場合も、効いてる証拠です笑

こんなふうに、書くと、「私はそんなふうにならなかった!」とおっしゃる方も、出てくるかもしれませんが、それでもOKだったりします。意識的判断を持つということは、無意識を持っているということで、ちゃんと、その深い部分に、届いていますので。

催眠は、楽しいなぁ。日々、精進して、参ります。

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