【実践】自分=まわりの人!大嫌いな人を自分自身として見てみよう

先日アップした記事を読んでくださったH様よりご質問をいただきました。

http://renai.love/post-434/

いただいたご質問内容は、

「自分=まわりの人、自分=好きな人、現実=自分の内側(自分の思考)」ということがどうしても実例に落とし込めない、具体的な事象に当てはめてほしい。

しかし、「好きな人」も「目の前で展開されている現実」も、すべては自分の内側の反映であるということを前提に生きていくと、悩んだり解決したりする必要すらなくなってきます。

がんばっているのに長期間進展しない片思い。その理由とは?より

このからくりやしくみを例を交えて記事で取り上げてほしい。

とのことでした。ありがとうございます。

たしかに、

  • まわりの人=自分
  • 現実=思考(自分の内側)

という捉え方は、なかなか最初はしっくりこないことも多いです。

私も、かなり長い間「?」でした。

正確にいうと、数年間は「まわりの人=自分」「現実=思考」「外側ではなく、自分の内側に目を向ける」ということを軽視していました!(笑)

「まわりの人=自分」「現実=思考」ということを意識しはじめてからも、

  • 大嫌いな人、超ムカつく人
  • 理不尽な出来事
  • 「私何も悪くないのに!」と言いたくなるような、どうにもならない「問題」

などについて、どうしても紐解けなかったり、わけがわからなかったりしました。

しかし、向き合うことを諦めなければ、必ず、自分の手で紐解いていくことができるので、まわりの人、現実の出来事から自分の内側を知ろうとすることを諦めないでほしいのです。

と、前置きはこの辺にして、

今回は、ちょっと例とともに「どんなふうに紐解いていくのか?」ということを、例をあげながら書いてみたいと思います。

ご参考になれば幸いです。

実践!大嫌いな人を自分の内側へ戻す

自分=まわりの人、ということを実践するときの例を紹介します。

ここでは「大嫌いな人」を自分の内側へと戻してみましょう。

(例)

職場のくそムカつく先輩。

いつも私に嫌味・皮肉を言い、しつこく説教し、バカにしてくる。

自分の仕事も私に押し付けてきて、いつも私だけが大変な思いをし、自分は涼しそうな顔をして、上司から先輩は「要領のいいできる社員」として認められている。

影では人の悪口・批判ばかりして、みんなの前やSNSでは善人ぶって、飲み会では、みんなの前で私をいじって、バカにして、笑いのネタにする。

性格ねじ曲がってるとしか思えないのに、なぜかみんなからチヤホヤされている。

最近では、先輩が私に仕事を押し付けてくるせいで、私は上司から注意されることが多くなった。先輩のことを話すこともできず、ただ悔しい思いをしている。

・・・とします。今、私が創作したフィクションです笑

腹が立ちますよね。理不尽だと感じますよね。

自分が悪いとは到底思えないし、諸悪の根源は先輩!と叫びたいところです。

しかし、この場合も、自分の内側が反映している、と考えてみます。

先輩=自分の中のなにかを表現してくれている存在

と仮定します。

相手に感じたこと、その現実を受けて感じたことを書き出す

ノートとペンを持って、実践です。

まず、

  • 先輩に感じること(先輩の嫌いなところ)
  • その現実を受けて感じたこと

などを書き出してください。

●先輩に感じたこと

  • ずるい
  • 偽善者
  • 批判的
  • 思いやりがない
  • 人のことを大切にしない
  • 人を利用する
  • 人を見下している

●この現実を受けて感じたこと

  • バカにされた
  • 蔑ろにされた
  • 軽く扱われた
  • 上司やみんなに味方になってほしかった
  • やられてばかりでなにもできない自分が悔しい
  • あの最悪な先輩がみんなから好かれることが信じられない

などなど、絞り出してください。

書き出せたら、もう一度、

現実=自分の内側が反映しているだけ

先輩=自分の中のなにかを表現してくれている存在

ということを思い出し、俯瞰して、この出来事・紙に書き出した自分の思いを眺めてみます。

先輩は、ただ単純に、自分の中の「なにか」を表現してくれている存在であり、

今「私」がこの嫌な体験をしている理由は、今まで気付かなかった「なにか」を先輩を通して知るためなのです。

ただ、それだけなのです。それ以上でもそれ以下でもありません。

 相手に感じることは、すべて自分の中にあるもの

これを踏まえた上で、もう一度自分が書き出したものを見ていってみます。

まず、先輩に感じた部分・・・

  • ずるい
  • 偽善者
  • 批判的
  • 思いやりがない
  • 人のことを大切にしない
  • 人を利用する
  • 人を見下している

などは、すべて自分の中にあるのです。

ずるい部分も、偽善者な部分も、思いやりがない部分も・・・すべて自分です。

たとえば。

先輩の

「嫌味・皮肉を言い、しつこく説教し、バカにしてくる」

「自分の仕事も私に押し付けてきて、いつも私だけが大変な思いをし、自分は涼しそうな顔をしている」

「影では人の悪口・批判ばかりして、みんなの前やSNSでは善人ぶって、飲み会では、みんなの前で私をいじって、バカにして、笑いのネタにする」

という行動・現象。

私、そんなことしたことないですけど!?

と思うかもしれませんが、

内なる自分(潜在意識)が、「気付いていない自分」に気付いてもらうために、

あえて大げさな表現をして、現実を創り出してくれているのです。

「私」の気に留めてもらわなければ気付いてもらえないので、感情を揺さぶる現実を創って、アピールする必要があるのです。

ちょっとやそっとでは、「私」は、「そんなこともあるか〜」とスルーしてしまうので(今までスルーしてきたので)

「こりゃ見過ごせないわ」と思うほどに、わかりやすく現実を創ってくれたのです。

先輩は、その役を買って出てくれた、ありがたい存在なのです。

  • ずるい
  • 偽善者
  • 批判的
  • 思いやりがない
  • 人のことを大切にしない
  • 人を利用する
  • 人を見下している

そんなところが、自分にもないかな〜?と自分自身を見つめてみてください。

一つひとつ、ゆっくり、焦らずに、見つめていってください。

自分のずるい部分ってどこかな〜?最近ずるいことしたかな〜。

あ!そういえば、この前、母に頼まれごとをされたけど、めんどくさくて仕事を理由に断ったっけ。ずるかったし、これって、思いやりもないし、母のことを大切にできていなかったよな〜。

こんな、ちっちゃなことでいいのです!

見つめてみると、こんなちっちゃな「ずるさ」などが、案外たくさん見つかるものです。

どんなにちっちゃなことでも、自分の内側から湧いてきた「あ!これのことだわ!」と感じる部分を、ちゃんと見つめていってください。

確かに、自分の中に「ずるさ」が存在しているのですが、

「自分はずるくない」とか「ずるい人は悪い人」とか「ずるしてはいけない」と思っていると、内なる自分は「気付いて」「認めて」と、現実やまわりの人を総動員して、現象化してくれます。

「本当だ!自分は確かにずるかった!」と、ただ気付くのです。

※すべては表裏一体なので、「ずるさ」があるということは、「正直さ」も同時に持っているということです。ずるい自分と、正直な自分。どちらも自分で、どちらも大切な自分なのです。どちらかが欠けていたら、もう一方は存在しないのです。

これは、ただ気付くだけでOKです。

そんな自分を、ただ受け入れるだけ、です。ジャッジは不要です。

ここで「ずるい自分を変えなきゃ、排除しなきゃ、なんとかしなきゃ、こんなこと思ったらダメなのに!」などと思うと、受け入れたことにならないので、いつまでも「ずるい自分・ずるいと感じる人・現象」を手放せません。

「受け入れているのに、なかなか手放せないな〜。なんでだろう?」と思うようなときは、受け入れることができていないことも多いので、自分の心をしっかりと、まっすぐと見つめてみてください。

こうやって気付いていくことを繰り返していくと、

今まで無意識だった「ずるさ」が意識上に表出したことで、「ずるい!」と感じる現象・人はなくなっていきます。

自分自身も、わざわざ「ずるい行動」を選ぶ必要性を感じなくなってきます。

「ずるいのが悪い」ということではなく、「ずるさ」もその対である「正直さ」も、同質のように感じ、わざわざ「ずるさ」を選ぶ必要がなくなるのです。

※この辺りは、実践とともにご自身の感覚として感じられてきますし、自然とそうなってくるものなので、今腑に落ちないでも問題ありません。

 ただ淡々と相手を自分の内側に戻しつづけることが大切

最初のうちは、何度見つめてみても「先輩、ずるい!」という気持ちが消えなかったり、

「ずるい!」と感じる出来事が繰り返し起きることもあります。(一瞬で消えてしまうことも多いです)

しかし、「ずるい!」と思う感情が消えないからと言って、間違っているわけではありません。何度も同じ感情が出てくることもありますが、気にしなくてOKです。それでも、淡々と、相手に感じたことを自分の内側に戻していく、ということが大切なのです。

すると、ある日、嘘のように、「ずるい」と感じる現象・人物が消えたり、思い出してもなんとも思わなくなったりと、問題が問題ではなくなっていきます。

これは、実際に体験してもらうのが早いので、ぜひ実践してみてください。

「先輩をなんとかしよう」とするのではなくて、「自分の内側を知り、受け入れよう」という意図でやってください。

「先輩をなんとかしよう」という意図があると、「人を思い通りにしたい」「自分の思い通りにならない」「思い通りにしようとされる」という現象・人が創造されます。

 無意識の自分がどんどん見えてくる

出来事に対して感じることは、自分から自分へのメッセージでもあります。

先輩との関係、出来事により

  • バカにされた
  • 蔑ろにされた
  • 軽く扱われた
  • 上司やみんなに味方になってほしかった
  • やられてばかりでなにもできない自分が悔しい
  • あの最悪な先輩がみんなから好かれることが信じられない

と感じているとします。

  • バカにされた
  • 蔑ろにされた
  • 軽く扱われた
  • 上司やみんなに味方になってほしかった

ということは、裏返すと(本当は、どうしてほしかったの?と問うと)

  • 大切にしてほしかった
  • 尊重されたかった
  • 愛されたかった

ということになります。

  • やられてばかりでなにもできない自分が悔しい

ということからは、

  • 自分自身の無力感
  • 自分が自分を情けない・惨めだと思っている
  • やり返してやりたい、ギャフンと言わせたい気持ち(復讐心、自分が正しくて相手が間違っていると言いたい気持ち、ジャッジ思考)
  • 相手を傷つけてやりたいという、攻撃思考

などが、見え隠れするかもしれません。

※「復讐」「攻撃」など、極端な表現を使っていますが、自分自身の気持ちを大げさな表現にしてみると、把握しやすくなります。

  • あの最悪な先輩がみんなから好かれることが信じられない

ということからは、

  • 私の方が正しいから、私の方が大切に扱われるべき(ジャッジ、見下し、特別扱いされたい)
  • 間違っている先輩は、みんなから嫌われるべき(ジャッジ思考)
  • 〇〇するべきだ、〇〇するものだ(完璧思考、決めつけ、思い込み)

などが見えてくるかもしれません。

そんな自分の心の奥の本音を見つめながら、今まで自分が気付かなかった自分の思考に気付いていくのです。

  • 攻撃、復讐心、ジャッジ、裁きたい
  • 自分が正しくて、相手が間違っている
  • 特別扱いされたい
  • 思い込み、決めつけ、ブロック
  • 〜べき、〜しなければならない、〜するものだ(完璧思考)
  • 〇〇は善、〇〇は悪(ジャッジ)

こんな自分、認めたくない、かっこ悪い、こんな自分は悪だ、ということほど、

気付いて、受け入れた瞬間は祝福なのです。

そう思うことほど、その部分を受け入れた瞬間、現実はガラッと変わります。

受け入れる、というのは、

「あ~、私、こんなふうに思っていたのね」

「確かに、私は、そう思っていたわ」

「そして、その部分があってこその私よね。その部分も含めて、私が存在しているし、私のすべてはすでに愛されているんだわ」

みたいな感覚です。

とにかく、なにを思っても、

「〇〇は地獄に落ちろ」と本気で祈ったとしても、

実際に「黒魔術 呪文」と検索したとしても(笑)

全部全部、愛されているのです。

世界も、人生も、ただ、あなたのすべてを見つめて受け入れてくれているので、

あとは、自分自身が自分自身を知り、受け入れるだけなのです。

そうすれば、内側の葛藤は終わり、外側の葛藤(問題)も消え、すべてはうまくまわりはじめるのです。

私の実践 自分=まわりの人

私がどんなふうに実践しているか、実際にあった例を取り上げてみたいと思います。

こんなことがありました(実体験です)

一人暮らしの祖母がおそらく認知症で、症状がひどくなっているようだ。

※自分を認知症だと認めたくないタイプで、受診を拒否するという。

盗られ妄想や多弁があり、毎日何度も母に電話がかかってきて、長時間話を聞かされているらしい。

祖母から振り回される母は疲れ果て、母を振り回す祖母に腹が立つし、言いなりになる母にもイライラする。

実際は、腹が立ったというほどでもなかったですし、母に対しても「イライラする」というほどでもなかったのですが、明らかに私の感覚に「引っかかる現象(問題)」として浮上した出来事でした。

そして、書き出すときは、「極端な、大げさな表現で書く」というのがコツです。

私は、この出来事を「まぁ、そんなもんだよね」と見逃すこともできたのですが、この「祖母と母のやりとり」を見て、心がざわつく感じ・なにか引っかかる感じがあったので、これはチャンスだと思って向き合うことにしました。

私は祖母のことが大好きなのですが、この心に引っかかる現象には、たくさんの「無意識の私」が隠されているのです。

祖母に感じたもの

  • 不安、孤独感、さみしさ
  • 「かまってほしい」という気持ち
  • 被害者意識(盗られ妄想より)
  • 自分の話を聞いてほしい、誰も聞いてくれない
  • 私のことを理解してほしい、見てほしい
  • まわりの人を振り回している

母に感じたもの

  • 自分を犠牲にしている
  • 人に振り回されている
  • 自分がない
  • 言いなりになる
  • 自分を大事にしない

※このあたりも、大げさな表現で書くとわかりやすいです。

※実際に、母の口から「祖母に振り回されてつらい」などの言葉を聞いたことはありませんでした。しかし、私が母をみてそう感じた、というところに大きなポイントがあるのです。

 相手に感じるもの=自分が持っているもの

今回の件で、私が祖母と母に感じたもの

  • 不安、孤独感、さみしさ
  • 「かまってほしい」という気持ち
  • 被害者意識(盗られ妄想より)
  • 自分の話を聞いてほしい、誰も聞いてくれない
  • 私のことを理解してほしい、見てほしい
  • まわりの人を振り回している
  • 自分を犠牲にしている
  • 人に振り回されている、自分がない
  • 言いなりになる、自分を大事にしない

これは、すべて私の内側にあるということです。

そして、そういう部分を、私がまだ無意識下に持っていたので、現実として見せてくれたのです。

一つひとつ、大切に、見つめていってみます。

「確かにそういう部分が私にもあるな〜」と腑に落ちるまで、深く自分を見つめていくのです。

すると、

  • 不安、孤独感、さみしさを感じる瞬間が確かにあって、それを見てみぬふりをしてきた
  • 「かまってほしい」と思った瞬間も確かにあって、それも見てみぬふりをしてきた
  • 被害者意識(なんで私ばっかり大変なの)と思うことが、確かにあった

などなど・・・思い出されてきます。

一つひとつ、ゆっくり思い出していくと、

「だから、祖母と母のこの現象を見ていたのか!」

と、しっくりと、理解できる瞬間がきます。

これで、終わりです。

後日談

「祖母の電話攻撃と、ひたすら話を聞く母」という現象ですが、

その数日後、ピッタリと祖母の電話が止んだのです。

母曰く

「おばあちゃんが風邪を引いたっていうから、病院に連れていったんだけど、そこでもらった薬を飲んだら、とても体調が良くなったってうれしそうにしてたわ。

実は、先生が処方してくれた薬は安定剤だったんだけど、それがよく効いて心が落ち着いたみたい。

機嫌もよくて、以前のおばあちゃんに戻ったみたいよ」

とのこと。

あれから数ヶ月経っていますが、祖母は今も落ち着いて過ごしています。

電話攻撃は、おもしろいほどにピタリとやみました。

「祖母と母のやりとり」で見せてくれたものに気付くことができたので、その現象はもう私に必要なくなったのです。

私はこの「結末」を望んだわけではありませんでした。

「病気の祖母と、それに対応する母」を解決したい、対処したい、変えたい、と思ったわけでもありません。

「祖母や母をなんとかしたい」と思ったのではなく、

ただ「祖母と母、そして、その出来事」を、自分の内側が映し出しているものとして受け入れただけです。

 自分にないものは相手に感じられない

以上、例をあげて、私なりの紐解き方を紹介してみましたが、

「その人・現象を見て、どう感じるか?」というのは、人によって様々です。

私の感じ方に当てはめる必要はなく、あくまでも参考として、

「自分の内側との対話」を大切にしてください。

あなたに必要な「答え」は、あなたにしかわからないのです。

相手を自分に戻す、ということは、難しいことではありません。

  • 相手に感じたこと
  • 相手に言いたいこと
  • きっと相手は〇〇と思ってるはずだ、ということ
  • その現象を通して感じたこと
  • 自分が自分をどんな目で見ているか、ということ

これらは、すべて、自分の内側で感じているものなので、自分の内側にちゃんと答えがあるのです。

  • 相手に感じたこと
  • 相手に言いたいこと

というのは、すべて、

  • 自分が自分に感じていること
  • 自分が自分に言いたいこと
  • 自分が自分に対する接し方・見方

なのです。

相手を見て「愛されていない」と感じるなら、自分が自分を愛していないのです。

「蔑ろにされている」と感じているなら、自分が自分を蔑ろにしている、自分で自分を「蔑ろにされる存在だ」と決めている、ということです。

このことに、いいも悪いもありません。

この世にうまれた瞬間、一人残らず「なにをしても、なにを選んでも、愛されている」という大前提のもと、私たちが自由に、好き好んで「愛されていない」「蔑ろにする」ということを選んできただけなのです。

あなたが「蔑ろのカード」を選んでも、「敬愛のカード」を選んでも、神様はただ、愛の眼差しで見つめてくれているのです。

このことは、

自分=まわりの人、相手を自分の内側に戻す

ということを、淡々と、ひたすらつづけていると、自然と腑に落ちてきます。

相手を通して、気付かなかった自分に気付いてあげる

いつも、私たちは、自分で選んだ「色眼鏡をかけて」人や出来事を見ているのです。真実ではなく、自分の色眼鏡を通した世界を見ているのです。さらに、自分が色眼鏡をかけていることに気付かず、その色のついた世界を真実だと信じているのです。

相手や出来事を、自分の内側のものとして受け入れていくと、まず、自分が色眼鏡をかけていることに気付き、「色眼鏡を外す」ということができるようになります。

色眼鏡を外すと、真実が見えてくるのです。

  • 感情に振り回されなくなる
  • ジャッジしなくなる
  • 被害者、加害者、というものがなくなる
  • 「問題」が一瞬で消える
  • まるで奇跡のように、相手・過去・状況が変わることもある
  • 自分にも、相手にも、寛容になり、無条件で無償の愛を注げるようになる
  • 本当の意味で、自分も相手も、大切に、思いやりを持って接することができる

今まで拒絶したり、無視したりしてきた自分を、相手を通して気付き、受け入れていくということは、「愛」でしかない行為なのです。

落ち込む出来事、試練と思える出来事などが皆無になるわけではありません。

ときには、腹が立ったり、落ち込んだり、イライラしたりすることもあるでしょう。

しかし、どんなことが起きても、どんな人に出会っても、なにをされても言われても、まわりの人も、出来事も、すべて自分の内側だということを忘れずにいれば、

「愛」「安心」という自分の位置にすぐに戻れるようになり、問題は問題ではなくなるし、

まるで神様が味方してくれているかのような、奇跡・インスピレーションを受け取れるようになってきます。

自分=まわりの人を実践できるようになる方法

自分=まわりの人

ということや、

現実=自分の思考

ということ。

このブログでもよく登場する言葉ですし、ほかの潜在意識関連の書籍・サイトでも言われていることです。

私たちの多くは、長い間、外側を見て、外側を基準に生きてきました。

  • あの人の本音は?
  • 私はどんなふうに見られるだろうか?
  • みんなに好かれたい、あの人に好かれたい
  • 〇〇さんは、どうしてこんなことするんだろうか?

などなど・・・、自分とまわりの人、世界を切り離して、自分とは異質のものだと捉え、

自分の外側に答えを求めてきたのです。

自分の外側に答えを求めても、そこに答えなんてないので、

悩みが深まり、混乱し、つらく苦しくなり、同じパターンを何度も繰り返してしまう羽目になったのです。

自分=まわりの人

現実=自分の思考

など、「外側ではなく、自分の内側を見る」「すべてを自分に戻す」というのは、

長い間外側を見てきた私たちにとって、最初のうちは慣れないものでしょう。

難しく感じるかもしれません。

しかし、そう思うのは、ただ慣れていないだけに過ぎないのです。

繰り返し練習して、慣れるしかないのです。

慣れてしまえば、「外側ではなく、内側を見る」ということのほうが習慣になってきます。

私も、最初のうちは、どうしても自分と外側(まわりの人、世界)を切り離して考える癖が抜けませんでした。

自分=まわりの人

現実=自分の思考

ということを、知識としては知ってるんだけど、全く実践ができなかったのです。

そして「彼は私のことどう思ってるの?」と悩み、彼の言動に一喜一憂し、電話占いや恋愛心理カウンセリングを受けまくっていました(笑)

あるとき、精神的に限界点に達し、もう苦しすぎて、つらすぎてしょうがない、というところまできました。

「長い間うまくいかなかったんだし、今まで通りの考え方でやっても同じことの繰り返しだろう。どうせだから、自分=まわりの人、現実=自分の思考、ということをとことん実践してみよう」と決意したのです。

最初のうちは、やっぱり自分と外側を切り離して考える癖が抜けず、外側に答えを求めたくなることも多かったので、

自分=まわりの人

現実=自分の思考

を、手帳とメモ帳(私にとって、毎日何度も開くものだったので)に書いて、

それを何度も目にしました。

外側に目を向けている自分に気付いたら、「あ~そっちじゃなかった、こっちこっち」と自分の内側を見るようにしました。

自分=まわりの人の解釈も違和感が多かったのですが、とにかく実践するのみでつづけました。

そしたら、ある日を堺に、まわりの人が変わり、家族が変わり、彼が変わり、まるで過去が変わったとしか思えないような出来事が起こり、ありえないような奇跡が起こるようになりました。

今思うと、自分が変わったので、まわりの人・現実が変わった、というごく単純なことだとわかります。

最初は、慣れなくて当然です。

何度も繰り返し練習あるのみです。

新しい習慣ができたとき、あなたが見る世界はきっと今とは違ったものになっているでしょう。

★★★★★

ringoのセッション
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