ほしくないものを与えられるとき

ほしくないものを与えられる、そして、ほしいものは与えられない。

というブロックって、もしかしたら、よくあるのかもしれません。

別に大したものじゃないものはたくさん持ってるけど、一番ほしいものは今も今までも手に入れられてない、とか。

好みのタイプじゃない人からはモテるけど、好きな人からは振り向いてもらえない、とか。

一番やりたいことだけ、できなかった、許してもらえなかった、今も昔も、とか。

これを鏡でみるとどうなるかというと、まずは、なんてったって、

ほしくないものも、ほしいものも、自分が望んだもの・自分そのもの、となります。

「ただ、たんに、そう思っているだけ」という場合も、それは、幼い頃に創った思考パターン(傷、恨み)である、つまり、望んでいないはずの思考パターンも、自分が自分で選択した上で持っているということですね。

これに気づけば、あるいは、これをすんなり(ほんとうに純粋にすんなり)受け入れることができれば、それだけで、現実創造の位置(あるいは、すべてすでにあるの位置、奇跡も起きる位置である)ということですね。

※だから、気づくだけでOK。どんなに小さな気付きでも、感動がうすい気付きでも、です。

現実を否定しているときは、自分を否定しているときでもあります。

ほんとうにほしいものを自分に与えず、「”こんな自分なんかには”この程度がふさわしいだろう」というものを自分に与えている、だから、自己否定感がなかなか抜けなかったり、「ほんとうの自信」がいつもなかったり、孤独感が消えなかったり、劣等感や優越感に苦しんだり、するんですよね。

このような場合で、「今、すぐ、自分でできること」としては、

普段から、日常から、妥協しない

ということです。

「普段から、日常から」ですよ。なので、たとえば、コートを買うなら、一番ほしいコートだけを買うんです、高くても。一番ほしいコートが買えないなら、今あるやつで我慢する、決して「ほんとうはそこまでほしくないコートをとりあえず買っとく」とかしないことです。一番ほしいコートを買えないからといって、無駄にマフラーばかり買うとかしないことです。それを知っていると、「浪費」「貯金できない」「毎月給料日前が悲惨」などの悩みもなくなってきます。

そして、これも、とても大切、というのが、

普段から、日常から、優先順位を決めて、そのとおりに動く

です。

ほかには〜、誰に対しても平等に接するとか、「自分が誰かにされたくないことを、自分が誰かにしない」とかも、いいかもしれません。

そうすることで、

”内側と外側の差”が、だんだんと取れていく(差を取るから、悟り、なんちゃって)ということもあります。

気づいているし、実践してるし、でも、なかなか頑固な場合は、やっぱり、父母みると、いいですよね〜。

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あ、ちなみに「こんなことしたら・言ったら、相手に失礼だわ」「相手に申し訳ないな」というのは、じ・つ・は、”傲慢な思考”なんですよね〜。なぜなら、相手は、あなたが思ってるほど弱くないし、あなたが思ってる以上にすごいからです。それはつまり、あなたは自分が思っている以上に強いしすごいということ、なんですけど、それに気づいてないとも言えます。

それを、「わかって言ってる」、というケースは論外ですが、

「知らずに、言ってしまってる」という場合は、口癖から変えていくと、いいかもしれません(=内側も外側も変わっていきやすい)。

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