ブログはじめて4年が過ぎましたが、最近よく思うことを書きます。
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「今、願いを叶えたい」とか「問題や悩みを解決したい」という場合、
- 願い事リスト
- イメージング
- 自分を褒める
については、最近は、やらなくてもいいのではないか、と、思ってます。
もしも、この3つをやることによって、「執着が強くなる気がする」とか「期待が大きくなる」とか「外側が気になる」ということであれば、
”そんな気持ち”を持っている自分を受け入れて、手放していってください。
そして、鏡の実践や自分の声を聞くことをしていくといいみたいです。
※書き出すと集中しやすくなってはかどります
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だからといって、願い事リストやイメージングがいけない、というわけでもないと思ってます。
私自身は、願い事リストやイメージングをしたことによって、得た気づきや体験もたくさんあります。実際にそのとおりになって驚いた、ということも多々ありました。
(少し前の話になりますが)結婚後、リビングのソファーに座って部屋を見渡したとき、その光景が、昔自分がイメージして「でも、こんな部屋に住むなんて無理だよな」と思っていた光景とほとんど一致していたことに気づいた、という体験もあります。
最近は、「こうなってほしい!!」と強く願うような願いも目標も夢も、ほとんどないので、「願いを叶えるためにイメージングをする」ということはありません。
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願い事リストやイメージングが相性がいい人もいると思います。
願い事リストを書きながら自分と向き合うとか。
イメージングしたらすぐに忘れて、日々の生活を大切に生きることを、素でできる人とか。
いるかもしれません。
私の場合は(今思うとですけど)
- 願い事リスト・・・自分自身と向き合うことに役に立った
- イメージング・・・今では、いい脳トレになったと思っている(笑)その”脳トレ”のおかげで、人生は広がった、ということもできなくはない
という感じかも、と思います。今思えばですけど。
願い事リスト、というのは、私の場合、自分と向き合うことにすごく役に立ちました。
「自分はなにをほしいのかわかってないけど、なにがどうなれば満たされるのかわからないけど、なにかや誰かが私を幸せにしてくれるはず、満たしてくれるはず。そんななにかや誰かを手に入れたい」的なことを思っていたことに気づいたことはとても素晴らしい体験でした。
願い事リストを書きながら、制限をかけまくっている自分、自分を見下している自分も、気づくことができたし、
なにより「願望成就」について研究していたときの、いい研究材料でした。
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いつからだったか「こうなってほしい!!」と強く願うような願いも目標も夢もほとんどなくなりました。
自分と向き合うようになって、欠乏感やさみしさがなくなったからでしょうか。
でも「ほしい」が皆無になったわけではありません。
たとえば、新しいソファーとテーブルがほしいということがありました。「必要である」とも言えますが、「ほしい」とも言える感じ。
せっかくなら「こんな感じがいいな」というものがあったので、インターネットでも探したし、家具屋さんめぐりもしました。
そしてある家具屋さんで「これだ!!」というソファーとテーブルがあったので、一瞬テンションが上がったのですが、ソファーのほうがなんと「売約済」。しかも「一点のみ」の表示。
ダメもとで、店員さんにあれこれ聞いてみたのですが、諦めるしかない、という感じの流れになりました。
「まぁ、縁だしなぁ」と思って、テーブルだけ購入して、届けてもらう日を決めて、帰りました。
※この時点で「諦めよう」という気持ち、「売り切れだししょうがない」という気持ち、「ほかにいいソファーが見つかるさ」という気持ち、そしてなぜか、「あのソファーはうちにくる」という確信?のようなものがありましたが、すべて、自然に浮かんだ”気持ち”です。
家具屋さんでみたソファーが心に残っていたので、ほかでソファー探しする気にもならず、テーブルが届く日を待っていると、ある日家具屋さんから「売約済だったあのソファー、買うと言ってた人が買わなくなったけど、どうする?」という内容の電話がかかってきました。
しかも「テーブルも買ってくれたし、安くしますよ」と、こちらは値段交渉もしていないのに、家具屋さんからそういってくれました。
今、そのソファーにすわって、この記事を書いています。
このソファーの話は、わかりやすい話なので記事にしやすかったですが、自然と自分にとってほんとうに必要なものというか、ほんとうに喜びをもたらしてくれるものは、向こうからやってくる感じです。
(書きながら思い出したのですが、似たようなことはたくさんありました)
そして、こういった流れは、私も、あなたも、体験できるもの、というか、いつでもその流れにのることはできるものです。
流れをさえぎっていたのが自分なら、そのさえぎっていたものを今すぐ自分で外せる、ということです。
人が神様と呼びたいその領域は、「私の願い」も「こんな人生だと幸せ」も「私にとって一番いいもの」すべてお見通しで、「私」が制限さえかけなければ、ほしいものがなくても、ちゃんとそのときその人に一番いいものは、向こうからやってきます。
内側が外側に映し出される、なので、当然と言えば当然です。
その制限から自由になる方法が、自分自身と向き合う、愛するということで、
その具体的な方法が、鏡の実践や自分の声を聞くことです。
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イメージングも願い事リストもほかのなにかもやってはいけないとは思いませんが、
どんなことをするにしても、自分自身と向き合うことをいつも中心においておくことが重要だと思いました。